日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

世界エイズデー

今日は、世界エイズデー

私、現職が「感染症専門薬剤師」だから、この分野も、(一応)守備範囲。

という訳で、今日は、英国のエイズ事情と、その医療サービスについて語ってみたい。 

 

ところで私、英国を代表するロックバンド、クイーンの大ファン。

日本の薬科大学生だった頃、アルバイトをしていたドラッグストアのBGMに、たまたま流れていた「伝説のチャンピオン ('We Are the Champions')」の曲を聞いて、衝撃を受けて以来ずっとだから、もうかれこれ、4半世紀越しの熱烈愛。

そして、思い起こせば、フレディーマーキュリーこそが、私が初めてエイズに関心を寄せるきっかけとなった人だと思う。

先月の初めに、彼らの伝記的映画「ボヘミアンラプソディ」も世界中で公開された。近年は、滅多に映画館に行かなくなってしまっていたのだけど、この映画は、いそいそと観に出掛けた(写真下)。移民が寄り集まって暮らすロンドンの映画館の観衆が、皆一体になって、熱狂している空気が感じられ、どれだけこのグループが世界中の人に愛されてきたのかということを再確認しているところ。英国では、一家に最低1つは必ず、彼らのCD がある、という統計もあるぐらいだからね 。

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で、私、英国で暮らしてきた中で、何気に、フレディマーキュリーにゆかりのあるものと、直に接した経験が多い。

例えば;

彼は、人生の大半をほぼ一貫して、西ロンドンの「ケンジントン」と呼ばれる地区に住んでいた。私もこのエリア付近に住んでいたことがあり、彼の自宅(写真下)は、当時の私にとって、日常品の買い物をするスーパーマーケットへ行く途中の通り道だった。

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フレディマーキュリーの元自宅。彼はここで、1991年に亡くなった。現在、この時価30億円と推定されている邸宅は、映画「ボヘミアンラプソディ」でも描かれていた、彼の生涯でただ一人のガールフレンドであった人が所有している。今回、命日である11月24日の数日前に、この場所を久しぶりに訪れてみたが、意外にも、静まり返っていた。

それから彼の葬儀は、西ロンドンの火葬場で行われたのだけど、そこ、私が英国で初めて勤務した病院から、徒歩7−8分ぐらいのところだった。

私が英国で最初に就職し、仮免許薬剤師の研修を受けた病院については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)から、どうぞ。

そこに長年勤めていた元同僚さんから教えてもらった話なのだけど、彼の葬儀の後、世界中のファンから贈られてきた花束は、火葬場周辺の国営医療 (NHS) 病院数カ所に寄付されたとのこと。その中でも、私が勤務していた病院が一番最寄りだったこともあり、溢れかえるような花が、突如、雪崩のように運ばれてきたんだって。

それから、彼が亡くなった後、遺体を、葬儀の日まで、大勢のマスコミやファンに見つからないように隠す必要に迫られたらしい。その安置場所に使われたの、恐らく、私が勤務していた病院のまさに真ん前に所在する、とある葬儀屋さんの倉庫。彼の最期を看取った、彼の個人秘書であった人が書いた伝記に「知り合いの個人葬儀屋に頼んだ」というくだりがあり、その葬儀社の名前から、あ、この場所に間違いないな、とピンときた。窓のない、物置小屋のような煤けた建物で、世界中を熱狂させ、ライブエイドで、その場の何万人もの観客の動きを一糸乱れず1つにさせた、稀代のロックスターの最期が、こんなところだったのだと、哀しくなったのを覚えている。

 

で、ここからが、今回の本題なのだけど、英国の「HIV / AIDS 防止・治療 」のサービスの良さは、世界一。英国の国営医療サービス (NHS) は、予防医学・公衆衛生を重視しているからね。

英国では「ファミリープランニングクリニック」もしくは「生殖・泌尿器科クリニック」、「性病クリニック」などへ行くと、コンドームは、誰にでも無料で配布されている。ロンドンの歓楽街の中心地では、娼婦・男娼行きつけの「性病クリニック」も、国営医療サービス (NHS) により、全て無料で運営されている。私が英国で、ファーマシーテクニシャンとして最初に働いた病院が、この性病クリニックへ、各種避妊製品を供給する業務を請け負っていた。アシスタントさんが注文票に沿ってピッキングした数千ー数万という単位の大量のコンドームの検品確認をしたのが、私の英国医療サービス (NHS) での、記念すべき初仕事だったの(笑)。

それから一般の人も、性病検査を、無料かつ匿名で、全国津々浦々で受けることができる。

それで私も、「ものは試しに」ということで、かれこれ10年ほど前、この検査を受けたことがある。

家庭医(かかりつけ医)にその旨の希望を相談すると、指定された先は、自宅近くの大学病院であった(写真下)。

こちら、英国国内ではかなり有名な病院。アレクサンダー・フレミング医師によりペニシリンが発見された世界医学史上の史跡(現在、その場所は博物館になっている)であり、近年では、英国王室の王子・王女たちは皆、この病院のプライベート(患者全額自費負担)病棟で誕生している。

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ロンドン中心部パディントン地区に所在する「聖メアリー病院」。私が長年住んだ西ロンドンの自宅からの最寄り大学病院であった

そんな病院ではあるものの、指定された「性病クリニック」は、この病院敷地内のまさに端っこの、目立たぬプレハブの建物(写真下)であった。

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英国の国営医療サービス (NHS) の性病クリニックは、殆どの場合、大きな大学病院の「片隅」に所在している

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ロンドンで暮らす人たちの知る人ぞ知る「ジェフェリス性病クリニック」。全ての人に、無料の匿名性病検査を提供している

でも、この一見すると見過ごしてしまいそうなほどの目立たぬ外観のプレハブの建物、英国の国営医療サービス (NHS) が、どれだけ凄いものかを体現しているの。

まず、入り口から、プライバシーを重視するレイアウトに工夫されていている。受付が奥まった所に設置されており、外からは何が起こっているのか、全く見えない造りになっている(写真下)。

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性病クリニック入り口。プライバシーが尊重され、外からは何が起こっているのか、全く分からない造りとなっている

予約もできるけれど、当日の飛び入りでも全く構わない。受付では基本、個人連絡(携帯)電話番号を聞かれるだけ。それはHIV検査の結果を、通知するための目的のみに使用される。

受付終了後に、小さなステッカーを渡される。そこには、何の脈絡もない番号やら記号が印字されてある。それが、私の「患者(サービス利用者)ID番号」。それ以後私は、このサービス施設で働く全ての医療従事者から、本名ではなく「患者ID(サービス利用者)番号」で、呼ばれていく。

待合室エリアへ行くと、ゆったりとしたソファー、給水機、待ち時間に気晴らしできる雑誌などが充実している。壁には、さまざまな性病を啓蒙する、分かりやすく説明されたパンフレットの数々が手に取れる。そして、20ぐらいの数の検査室が完備されていた。

検査室に関しては、患者(サービス利用者)入り口と、スタッフ入り口が全く異なる。患者(サービス利用者)が一度、自分に割り当てれられた検査室に入ると、各性病検査ごとに、医師・看護師・検査技師などの各スタッフが、別の入り口から次々と移動して来るので、患者(サービス利用者)は、そのままずっと、自分に割り当てられた検査室に居続けてよいことも、プライバシーが配慮され、気に入った。

採取した自分の検体を、その場で顕微鏡などで見てもらえ、即診断、といったことも可能で、そのテキパキとした迅速さが素晴らしかった。

こんな至れり尽くせりの医療サービスが、この国では全ての人に無料なんて。。。この国(医療財政的に)本当に大丈夫なの? と私が心配してしまうほど、感動した。私自身、その当時、同じ国営医療サービス (NHS) とは言えども、ボロボロの精神病院に長いこと勤務していたため、英国の医療って本当に「へぼい」と思い込んでいた節があり、そんな中でのサービス利用者としての体験だったので、とにかく目から鱗だったのよ。

つまり、英国の国営医療サービス (NHS)、世間では、破綻寸前だとか言われている割に「予算、あるところにはあるんだな」と認識した場所(笑)。

で、HIV検査だけは時間がかかるので、後日、携帯電話にメッセージが届く、という仕組みだった。後日、結果がきた時も、「Dear ID xxx. Your recent test result was negative. If you have any further queries, please contact yyy zzz.(ID xxx 様。あなたが最近受けた検査の結果は陰性でした。何かご質問がありましたら、以下までお電話下さい)」といった内容の通知で、全ての匿名性病検査サービス終了だった。

 

それから、英国で、抗HIV薬の患者さん負担は一切無料。家庭医が処方することはなく、患者さんは、HIV 診療科が運営されている病院を受診し、外来薬局窓口で薬を受け取る。その場合も、患者さんはすべて「患者ID番号」として診察を受け、薬も投薬されるため、本名は一切明かされない。

私が現在勤務している病院にも、抗HIV薬の受け取りに、たくさんの患者さんがやってくる。ロンドンは、移民・亡命者の多い街なので、母子で感染しているアフリカ系の親子なども多い。一方で、白人の違法ドラッグ常用者の、注射針の使い回しなどから感染したのであろう方や、社会的地位の高い仕事に就いていそうな方々もやってくる。抗 HIV薬は非常に高額なので、どんなに裕福な患者さんでも、英国の無料国営医療 (NHS) を利用するに越したことはないと、実に色々な方が、窓口に現れる。

そんな方々へ接するたびに、英国の太っ腹な「全ての人へ、医療の無料提供」の偉大さを、目の当たりにする。まあ、私も含めた英国在住者が納める税金によって成り立っている無料サービスではあるのだが。

ところで、このHIV 患者さんへの外来薬局業務、私も3ヶ月だけ、ローテーション薬剤師として行った。英国の病院臨床薬剤師は、免許取得後最初の2−3年は、薬局内のさまざまな部署で、それぞれ数ヶ月だけ働く「ローテーション薬剤師」としてキャリアをスタートさせる。このような新卒薬剤師が、同じローテーション業務を2度繰り返すことは(ほぼ)ない。

抗HIV 薬の処方せんは、住所などの記載も不要で、患者ID 番号と生年月日で示されているだけだし、服薬指導は、HIV診療科で、専門薬剤師により行われているので、外来薬局では薬を機械的に最終監査チェックして渡すだけ(写真下⬇︎)。英国の抗HIV 薬は通常、一回の処方せんにつき、3ー6ヶ月分の薬が投薬されるので、この患者さんとは、もう恐らく2度と会うことはないであろうと思いながら投薬する。

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英国の抗HIV薬の処方せん例。患者さんの住所が記載されておらず、ID番号と生年月日で確認するのみ

 抗HIV薬は、一度最終監査が行われると、調剤済みとして封がされる。薬局窓口で、その袋から薬を取り出し、服薬指導をするのは厳禁。前述の通り、すでに病院の外来診察時に、服薬指導が行われているため。私、この「英国薬局実務の常識」を知らなくて、外来薬局ローテーション業務の初日に、薬局窓口で、患者さんの目の前で 抗 HIV 薬の袋を開封し服薬指導をしようとしてしまい、先輩薬剤師から注意を受けた経験アリ。

 

ところで、薬剤師として長年働いていれば、誰にでも「忘れられない患者さん」って、いると思う。私にも、たくさんいらっしゃるのだけど、ここで、その一人を紹介したい。

以前勤務していた病院の緩和ケア病棟(ホスピス)に、一人、日本人の患者さんが、エイズの末期で入院していたことがあるんだ。

先述の通り、英国では普通、HIV / AIDS 患者は、医療従事者に対し、本名を明かさない。でも、そのホスピスでは、全人的なケアの点から、例外的に本名が明かされたの。私、ちょうどその頃、英国の薬剤師免許取得の最終段階で「緩和ケア」の実習をしていて、病棟回診に参加していた折、「末期エイズ患者さんの ooo xxx さん」と名前が読み上げられた際、その明らかな日本人名にびっくりし、思わずその場で「ひいーっ!」て(小さく)叫んでしまったのね。

緩和病棟の専門薬剤師さんが、すかさず「Don't be so judgemental(偏見を持っちゃダメ)」と諭してくれた。だから、その日本人の方こそが、私にとって、エイズ患者さんへの接し方を、本当の意味で教えてくれた人なの。

もう死が目前に迫っていたから、その方と直接お話することはできなかった。50歳前半ぐらいの方だったように記憶しており、1970年代辺りの20代の頃、私みたいに無鉄砲に英国へやって来て、そのまま住み着いた人なのかな? などと想像に難くない人だった。

自宅で亡くなりたいと、暖かな春先のイースター(キリスト教で「復活祭」と呼ばれている)の時期、退院したのを覚えている。イギリス人のパートナーの方に看取られた最期だったと聞いた。

通りすがりの、でも、私に大切なことを教えてくれた、患者さん。

 

今、世界では、年間約94万人がエイズで亡くなっていると言われている。

フレディーマーキュリーが亡くなった1990年代、私が匿名の性病検査を受けた10年前、そして、私にとって忘れられない日本人患者さんが亡くなった6−7年前から比べても、抗HIV薬は驚異的に進化し、今や HIV 患者の寿命は一般の人とほぼ変わらないというデータも出ている。

 

エイズが、いつの日か、世界で撲滅できる病気となることを、願っている。

 

では、また。

 

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ちなみにフレディーマーキュリーが最後に住んだ、西ロンドンの自宅の通りは、ここです。