今月は「薬科大学生」や「仮免許(プレレジ)薬剤師」に接することの多い月だった。
第1週目は、キングストン大学 (Kingston University) 薬学部3年生の2人、アリフ君とビクトリアさんが、病院薬局実習の一日として、
第2−3週目は、私が現在勤務する病院の、今年の仮免許(プレレジ研修)薬剤師4名のうちの一人であるカーティス君、
第4週目は、同じく仮免許(プレレジ研修)薬剤師のもう一人であるエミリーさん
が立て続けに、私が現在担当する一般内科病棟へ、研修の一環としてやってきた。
私は、現在、南西ロンドン / サリー州境の英国国営医療サービス (NHS) 病院で、臨床薬剤師として働いている。
ここは、ロンドン南西部にある「キングストン大学薬学部」の指定実習病院の一つでもある。
キングストン大学では、2−4年生の薬学生が、一年を通しての学期期間中、毎週水曜日に数名ずつ、必ず、私の勤務する病院へ実習にやってくる。
そのため、私たちの病院薬局側でも、その学生さんたちを指導する薬剤師の「当番表」が作成されている。今月の第1週目が、久しぶりに、私の担当週だったのだ。
日本の薬科大学では、教育設備の整った実習病院で、学生全員が、皆、同じ内容のことを公平に学ベるよう、かなり綿密なカリキュラムを組んでいる(組もうとしている)と伺っている。
一方、英国の病院薬局・病棟実習は、基本、学生の「自主性」に任せている。
というのは「一定の期間で、規定のコースワークブックを仕上げる」という大まかな課程になっている(写真下⬇︎)から。
主旨は「学生各自で患者さんを数名選んで、それらの薬剤治療を、症例発表ができる程度まで学ぶ。その過程で、病院薬局・病棟薬剤師業務に慣れる」というもの。そして、各学生が、その実習の総括として、大学内で、指導教員やクラスメイトに向け、それらの症例発表をすることにより、他の学生も、自分の病院薬局・病棟実習中では学べなかったことを、グループワークとして学んでいく、というしくみ。
で、そのワークブックには、「薬歴を聴取する練習をする」「必要な患者さんに服薬指導を行ってみる」「医師に問い合わせをしてみる」「適切な患者さんを見つけ、薬剤ケアプランを立てる」「検査値の見方と分析ができるようになる」「症例発表用のプレゼンテーションスライドを作成する」などのいくつかの課題が含まれている。それらを、数ヶ月に渡り、何回かの病院薬局・病棟訪問の中で、実習しながら仕上げていく。だから、それぞれの学生さんの進度により、指導薬剤師へは、毎回、異なることが要求され、実践的な学びを提供していくことが求められる。
薬剤ケアプランや症例発表に使用する患者さんは、どのような疾患のものを選んでもよい。この選択は、実際のところ、その日の学生指導薬剤師の「担当病棟」と、そこに「症例発表の課題にふさわしい患者さんがいるか」という状況にも、大きく左右される。
例えば、私の現在の担当病棟は「急性一般内科」であるから、学生さんにとって、症例発表に適した患者さんを、最も見つけやすい場所と言える。でも、「日帰り外科手術病棟専門薬剤師」などが指導当番になっている日にやってきた学生さんは、症例発表用の患者さんが、事実上、探せない。症例発表するからには、「ある程度の期間、経過観察ができる薬剤治療例」が必要になるからね。そんな日は、他の「薬歴聴取」や「服薬指導」の課題に集中した方が良い。つまり、学生側にも、臨機応変さが求められるのだ。
で、今回、私の元にやってきたのは、こちらの2人(写真下⬇︎)。
ビクトリアさんは、前回の実習時に、整形外科病棟で症例発表にする患者をすでに見つけたので、その症例の考察と、プレゼン内容の「骨子」を一緒に考えて欲しいとのことだった。
アリフ君は、前回の実習時、呼吸器系病棟の患者さんの一人で症例発表を作成しようとしていたが、実はその患者さん、急死してしまったことが判明。。。。それでは「課題作品」とならないので、今回、私の病棟で改めて「症例にふさわしい患者さんを探したい」とのこと。
ははーん、来た来た(笑)。私は、いつも、このような「非常事態」に備えて、学生さん向けの症例発表にふさわしい患者さんを、自分の病棟内で、常にチェックしているのです。薬剤治療的に2−3個の問題があり、薬剤相互作用もあり、最新のガイドラインを参照することが必要とされ、大学での成績評価でも高得点が保証されるであろう「モデル症例」といったものをね。
でも、私の病棟のその日の患者さん一覧表を見たアリフ君、その「モデル症例」には目もくれず、「僕、このアルコール依存症の患者さんの症例をやってみたい」と一言。彼の大学の個人指導チューターがこの分野の専門家だそうで(その場合、症例発表後の質疑応答時に突っ込まれることが多く、成績評価としては、良い得点を取りにくいのだけど。。。笑)、あえて「真っ向勝負」をしたい、とのことだった。
こういう学生さんの希望に、どのように柔軟に対応していくのかも、指導薬剤師の腕の見せ所。という訳で、その患者さんの症例でいくことにした。
まあ「アルコール中毒患者」の離脱症状軽減は、英国では、確立されたスタンダードな薬剤治療(→英国では信じられないくらい多くの数の「アル中」患者さんが入院してきます)。それに加えて、この患者さんは「ヤク中(ヘロイン中毒)」でもあったし、その注射針からの感染であろう蜂巣炎もあり、バンコマイシンの血中濃度モニタリングも必要だったから、思いの外、症例発表にふさわしいものに仕上がり、私も安心した。
でもね、私の病院では、通常、この薬科大学の学生さんの病棟実習の指導を、自分の通常の病棟業務も同時にこなしながら行っていく。しかも私は、これらの他に「感染症専門薬剤師」として、病院中の同僚からの問い合わせにも対応していくし、その日の午後は、感染症医局長との病棟回診もあった。本当に、息をつく暇もないスケジュールだったなあ(笑)!
「感染症専門薬剤師」としての、私の仕事については、過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ
ところで私、18年前に英国へ来た最初の動機が「臨床薬学を学ぶために大学院に入学した」ことだった。
この大学院コースの詳細は、こちら(⬇︎)からどうぞ
でも、その大学院のコースの課題の殆どの評価が、平均点以下だった。そんな中、英国人薬剤師と張り合うような高得点を取れたのが、「Teaching & Learning(薬学教授法)」という選択科目だったの。
こちら、私が「英国薬剤師としての父と母」と呼ぶ2人の恩師が担当している授業だった。英国の薬剤師は、誰でも「教える」立場になるから、この選択科目は、英国薬剤師たちに大人気だった。一方、海外留学生は殆ど、履修していなかった。
で、その授業内容が、もう衝撃的でね。薬学の見方が全く変わるような、目から鱗の経験をたくさんした。素晴らしい先生に教われば、薬剤師ってこんなに面白い仕事となり得るんだと体感したし、その実践的な教授法とかも伝授され、私にとっては、薬剤師人生のターニング・ポイントになった学習となったんだ。
それから大分時が経ち、私も紆余曲折を経て、英国の薬剤師になった頃のことだった。病院臨床薬剤師として、最初の職を得た時、競争率の高い仕事であったため、同僚も優秀な方たちばかり。人より抜きん出たことができない時期が長く続いた。私自身、ファーマシーテクニシャンから臨床薬剤師への脱却という点で苦悩していた時期でもあり、そのため、かなり精神的に参っていた頃でもあった。
でも、そんな時、私の元に初めて、キングストン大学からの薬学生さんがやってきた。そして、そこで接した学生さんから、何と後日、薬局に「私宛のお礼のカード」が届いたの。
薬学生の病棟実習指導に関して、薬局全体としてのお礼状は今までたくさん頂いていたのだけど、薬剤師個人の名前が記されたものは、今までにはなかったとのこと。薬局内でびっくりされ「あれ? この新人薬剤師(=私)、実は、なかなか見所がある」という見方に変わっていった。
それ以来、私は、職場の中で「学生・仮免許(プレレジ研修)薬剤師を教えることに突厥している薬剤師」として評価されている。
私、英国での薬科大学院時代、前代未聞の落ちこぼれだったから、学生さんがどんなところでつまづくか、大体、分かる。しかも、英語が母国語でないので、シンプルな言葉を駆使して説明し、教える。これこそが、薬学生・仮免許(プレレジ研修)薬剤師から受け入れられている秘訣。劣等生であったことの功名よね。あはははは。。。
そんなこんなで、第2週目は、仮免許(プレレジ研修)薬剤師のカーティス君がやってきた。
私の病院では、仮免許(プレレジ研修)薬剤師は、最初の2ー3ヶ月は「薬歴を聴取する」「持参薬をチェックする」の訓練を集中的に行う。そうすれば、その後、仮免許(プレレジ研修)薬剤師が、各病棟ローテーションの実習に来ても、そこの薬剤師のアシスタントとして「使える」からね。実際に、激務の病棟(入院トリアージ病棟とか)を担当している薬剤師にとっては、もう猫の手も借りたいほどの忙しさだから、自分の業務と並行し、仮免許(プレレジ研修)薬剤師へ、何かを具体的に「教える」ことまで、とても手が廻らないのが実情。
仮免許(プレレジ研修)薬剤師は、免許試験合格までに、ファーマシーテクニシャン程度になれば十分と思っている薬剤師も、たくさんいる。でも、そうすると、仮免許(プレレジ研修)薬剤師は、いざ薬剤師免許を取得した後、プレレジ研修中に習得したことと、実際の薬剤師に必要とされる能力・技術のギャップに愕然とし、奈落の底に突き落とされた思いになる。私自身がそうであった。
だから、私の病棟へ実習に来た仮免許(プレレジ研修)薬剤師と一緒に働く際は、できるだけ有益で、実践的な学びの場となるよう、私自身、努力している。これまた、自分の日常の病棟業務と同時並行で行うのだから、かなりの労力となるのだけど。。。
私の仮免許(プレレジ研修)薬剤師への『定番訓練』は、患者さんの処方を、彼らと一緒に逐一チェックしていきながら、その処方された薬剤に関連する知識を、矢継ぎ早に問うていくこと。その質問内容は、薬剤師免許試験で出題されそうな分野であったり、私自身が新卒薬剤師の就職面接で実際に聞かれた試験問題などに、焦点を置く。仮免許(プレレジ研修)薬剤師がそれらに答えることができない場合は、その場で、国家医薬品集 (BNF、British National Formulary の略)などを開かせ、調べさせる。そうすれば、より「机上の勉強」と「実践」を繋ぎ合わせ、「免許試験準備」も同時にできると、信じているから。
英国薬剤師免許試験や、国家医薬品集 (BNF) については、過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ
例えば;
「ペニシリンアレルギーって、どういう定義? そのアナフィラキシーショックってどれぐらいの確率で起こるか、知っている?」
「レボサイロキシンは何の適用で使用する薬? どのような検査所見で経過観察していく?」
「この患者さんの高血圧薬をチェックし、現在の NICE 高血圧ガイドラインに当てはまるか言及してみて」
「この患者さんのクレアチニンクリアランスの計算をし、ゲンタマイシンの投与量を推奨してみて」
「バンコマイシンの最適トラフ血中濃度の幅値を言ってみて」
「英国内で認可されている直接経口抗凝固薬 (DOAC) を全て挙げ、各薬剤の特徴と使い分けを説明してみて」
「この処方の中で、薬物相互作用の点から、どの薬を一旦止めないとダメかな?」
などなど。。。
そして、答えられない込み入った質問は、翌日までの「宿題」とする。
カーティス君は、私の機関銃のような質問の嵐に、毎日タジタジだった。甲状腺機能亢進症と低下症に使用される薬剤が、ごっちゃになっていて「宿題」にさせたし、直接経口抗凝固薬 (DOAC) の薬剤名、その場では一剤も挙げられなかった。でも、仮免許(プレレジ研修)薬剤師は、皆こうして、分からないことを一つ一つ、学んでいく。頑張れー!
で、カーティス君と入れ替わりに、第4週目から、私の病棟へやってきたエミリーさんですが;
彼女は何と、私が問いかける質問の殆どに答えていた。びっくり。
で、何で、エミリーさんの方が、断然、優秀なの?
それは、カーティス君が、私が聞いた質問を、全部、エミリーさんに教えているから(爆笑)
実は、カーティス君とエミリーさんの2人、どうも怪しい💞と、薬局内でもっぱらの噂 (写真下⬇︎)
私、職場内でのこういったゴシップに、一番疎い人。でも、今回、指導薬剤師としてこの2人に接し、私ですら、確信したわ(爆笑)
ところで、英国の薬剤師・薬局スタッフたちって、カップルになりやすいんだよ。そんな話も、またいつか改めて。ぐふふふふ。。。
仮免許(プレレジ研修)薬剤師時代って、誰でも、一生覚えているって言われている。
私のプレレジ研修は、散々なものだった。だから、今、教える側の立場になって、自分の目の前にいる仮免許(プレレジ研修)薬剤師には、私から教えてもらって、有益で楽しかったよね、という記憶に残ってもらいたいなあと思いながら、接している。まあ、仮免許(プレレジ研修)薬剤師って、大抵、若く、生意気なところ満載な人たちではあるのだけど。。。。(笑)
私の仮免許(プレレジ研修)薬剤師時代の話の一部は、こちらからどうぞ(⬇︎)
でもね、私の大学院時代の恩師たちの選択授業の科目名であった「Teaching & Learning(教えることは、学ぶこと)」とは、よく言ったもの。私も、薬学生や、仮免許(プレレジ研修)薬剤師を教えることによって、自分の中の頭の整理したり、普段は使っていない薬学知識を復習している面もある。彼らから教わっていることにも、感謝。
最後に、そんなこんなの「薬学生・仮免許(プレレジ研修)薬剤師月間」であった師走の終わりに、もう一つ、嬉しいニュースが入った。
ロンドン北部郊外に所在するハートフォードシャー大学 (University of Hertfordshire) の薬学部から連絡を頂いた。来年の1月の下旬から2月の上旬にかけて、客員講師をやってもらえないか、との打診であった。
ハートフォードシャー大学薬学部、私の前述のロンドン大学薬学校の大学院の恩師たちが、2000年中盤に開校した新設薬科大学。そして、私の大学院時代の同窓生だった友人が、日本へ帰国後、明治薬科大学の海外医療研修コースとの提携に尽力した。だから、ハートフォードシャー大学薬学部には、こちらの薬科大学の学生さんが、毎年必ず数名、いらっしゃる。そして、その研修の一コマに、私を、客員講師として招聘して下さっているのです。
しかも、これにはもう一つ、理由がある。この明治薬科大学海外医療研修コースの、ハートフォードシャー大学側の受け入れ担当の先生と、私の現在の職場の「教育訓練専門薬剤師」の先輩が、互いの新人薬剤師時代、同じ大学病院薬局に勤め、親友という間柄。この先輩、いつも私を「薬局実務指導薬剤師」として高く評価して下さっている。
英国薬剤師の世界は信じられないほど狭く、皆、どこかで必ず、繋がっている。
という訳で、今年もまた呼んで頂けたことを感謝し、私も、皆さまの期待に応えられるよう、頑張ります。
それでは、また。
皆さまも、良いお年を