日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

仮免許薬剤師交換研修 (Cross-Sector Experience)

 

前々回のエントリ(⬇︎)でも書いたように、去年の12月は、私にとって学生月間だったのだけど、

 

新年になっても、まだ続いている。

 

先週は、私が勤務する病院に、交換研修仮免許薬剤師がやってきた。

 

英国の仮免許(プレレジ)薬剤師研修は、通常、1年間の課程。

その研修訓練の要綱は、General Pharmaceutical Council (通称 GPhC、リンク下⬇︎) という、英国の薬剤師登録機構が定めている。

 

その骨子は、具体的には、パフォーマンス・スタンダードと呼ばれる、約70個の細かい基準に設定されている。仮免許薬剤師が各自、これらの指標を、自分の研修先で実地的に、一つ一つ到達させていくのが、プレレジ研修の基本。

で、その過程で「自分の通常の研修場所とは異なった薬局で働く(Cross-Sector Experience と呼ばれている)」という経験が必要とされる。そうしないと、原則、全てのパフォーマンス・スタンダードが完遂できないようになっているから。

簡単に言えば、病院の仮免許薬剤師であれば、コミュニティー薬局(注:英国で、街の薬局は『コミュニティー薬局』と呼ばれている)でも短期間働き、コミュニティー薬局の仮免許薬剤師であれば、病院で働く、ということをしてみる。

このような研修は、通常、国営医療 (NHS) 病院とその近隣のコミュニティー薬局が連携し、互いの仮免許薬剤師を「交換」させる形で実現している。

でも、仮免許薬剤師が、この短期研修先を自主的に探せれば、『交換』という形でなくても構わない。例えば、ロンドンでプレレジ研修をしている仮免許薬剤師で「将来は、故郷に帰って就職したい」などと思っている人は、自身の就職活動も兼ねて、自分の出身地でのコミュニティー薬局や病院にて、このような研修を行なったりする。

もっと話が飛躍すれば、この短期研修は、EU加盟国内であれば、英国外でも可能である。EU加盟国の薬学教育は、互換性があるものとされているから。例えば、アイルランドには、国内でわずか3校の薬科大学しかない。そのため、アイルランド人の薬剤師志望の多くの学生が、英国の薬科大学に入学する。こういった人たちは、プレレジ研修の一部を、祖国の病院やコミュニティー薬局で行い、その期間は、ちょっとした休暇(=息抜き。笑)も兼ねる、といったことも、今までは普通に行われてきた。今年3月末のBrexit 後からの、このような措置は、どうなるのか分からないけれど。。。

  

私自身、色々な薬局で働いてみるのは、本当に大切なことだと思っている。

特に、仮免許薬剤師にとっては、異なる環境で、さまざまな薬局業務を知り、大・小異なる規模のチームで働き、色々な層の患者さんに接してみることは、薬剤師のキャリア形成に限らず、社会人として必要な一般スキルを身につけたり、自身の適応能力を試される貴重な経験。この「交換研修」では、それが手っ取り早く、必然的に行える。

ちなみに私は、仮免許(プレレジ)薬剤師研修先自体は、精神科専門病院だったのだけど、コミュニティー薬局で2週間、一般総合病院でも6週間研修をした。さらには、家庭医医院や、はたまた、ロンドン市内の刑務所内の薬局でも短期間研修をする機会が与えられた。これらを全て手配して下さった、私のプレレジ研修担当薬剤師には、今でも感謝している。

 

で、私は、その「コミュニティー薬局実習」を、西ロンドン・ノッティングヒル地区の個人薬局で行なった(写真下⬇︎)。研修先の精神科専門病院の近隣の薬局での『交換研修』であった。

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私が仮免許薬剤師時代に研修を受けた、コミュニティー薬局のカウンター

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カウンター奥に設置されていた調剤室

 

それまで、私は、英国のコミュニティー薬局で働いたことが、全くなかった。だから、この「交換研修」は、短期間ながらも、色々と学びの多い職経験となった。

英国の主要なOTC 薬は、ここで実践的に、患者さんへ販売しながら学んだ。英国の処方せんのレセプト集計法の概要も把握した。薬局内で行う簡易健康診断とそのカウンセリングも、自分がサービス利用者として、オーナー薬剤師さんと体験することにより、その技術を習得した(写真下⬇︎)。ヘロイン中毒者で、その依存治療薬のメサドンを服用しに毎日来局する、とても品の良い年配女性の方(→恐らく、貴族)の対応もした。この薬局は、英国でも有数の超高級住宅地に所在しており、「ヤク中って、誰にでもなりうる可能性があるのだな」と、目の当たりにした経験だった。

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その当時、英国で始まったばかりのサービスであった、コミュニティー薬局による健康診断の技術(一例:コレステロール測定)を学んでいる様子。これ、約7年前の写真(笑)


また、小さな個人薬局で、オーナーさんの元で働くという経験も初めてで、色々大変な面もあった。この時の話は、また別の折に、書いてみたい。

 

で、話を冒頭に戻し、先週は、私が現在勤務する大学病院へ、近隣のコミュニティー薬局でプレレジ研修を行っている、仮免許薬剤師のエリック君が「交換研修」にやってきた。

エリック君には、私の病院の教育訓練担当の薬剤師が、調剤室業務、病棟業務(呼吸器系・腎臓系・一般外科・整形外科病棟、脳卒中センター)、オンコロジー・血液内科薬剤サービス、医薬品情報室業務、医薬品倉庫・購入部署などでの研修プログラムを用意していた。

でも、今、英国では、季節柄、感冒が流行っている。

同僚の薬剤師が数人、病欠になってしまった(ガーン)。という訳で、私が、急遽、代理として、エリック君の病棟業務研修を、自分の一般内科病棟(写真下⬇︎)で引き受ける事になったの。

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私が現在働いている病棟の受付。右側のついたての奥が、ドクターのデスク。英国の病棟はこのように、スタッフが働く場所が、オープンスペースになっている所が多い。ちなみに英語で、病棟は「ward」と言う。

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私の病棟の6人部屋入り口。英国の国営病院は、一般的に、個室の数に乏しい。個室は、感染症で隔離が必要な人や、終末期医療の方へ優先的に使用される。患者さん個人の希望で個室へ移ることは、無料の医療提供ということもあり、ほぼ不可。

 

病棟では、エリック君と、私が、通常、仮免許薬剤師たちと行う「定番訓練」をした(『定番訓練』については、このブログ冒頭(⬆︎)の「薬科大学生・仮登録(プレレジ研修)薬剤師月間」のエントリをご参照下さい)。それから特に、その日の患者さんの中でも、教育的なモデル症例であった「ウェルニッケ脳症」や「心不全」などの薬剤治療介入と、「嚥下困難の患者さんの剤型変更・代替薬剤推奨」を一緒に行なった。

エリック君は、私が、とある患者さんの退院に際し、病棟から調剤室へ電話にて指示(だけ)を出している状況に注目した。そして、そこで私が説明した、国営医療 (NHS) 病院 薬局における医薬品供給方法に、びっくりしていた。

というのは、英国の調剤は、ほぼ全て、カレンダーパックの「箱単位調剤」で行なわれている。患者さんには、入院時、常用薬を出来るだけ持参してもらい、それを入院中も使用する。入院中に新しい薬が処方されると、病院薬局からも、やはり「箱単位調剤」で1ヶ月分の調剤を行う。英国の病院の入院期間は、非常に短いので、この「箱単位調剤」を行うと、それがそのまま退院薬となる。事実上、退院薬調剤業務というものが、(ほぼ)不要となるのだ。エリック君にとっては、今までは、未知であった、このコミュニティー薬局⇄病院薬局の医薬品供給の繋がりが体得できたみたいで、目を輝かせていた。そうだよねえ、こういったシステムは、自分で実際に、病院とコミュニティー薬局の両方で働いてみないと、なかなか理解できない。

それから、エリック君には、病棟業務の合間に、私自身の経験からの「薬剤師免許試験対策の秘訣」も伝授した。個人薬局でプレレジ研修をすると、こういう情報は、なかなか入りにくい。彼にとっては、目から鱗の話だったみたい。

で、そんなこんなで、エリック君、めちゃめちゃ私に「懐いて」ね(笑)

皆の昼休み時間に、入院調剤室で働いていた私の元へやってきて「一緒に居させて下さい」と、私の仕事の一部始終を、横で観察していた。そしてなんと、教育訓練担当の薬剤師に直談判し、研修プログラムの変更を願い出、翌日も、私の病棟へやってきたの。

もう、金魚の糞どころではなかった。強力な磁石のように、ぴったりと密着され、一日中、私の側から離れなかった。トイレにまでついてくるような勢いだった(おい、トイレの時ぐらいは、一人にさせてくれーっつ!(笑))。

でも、一緒に2日間過ごした最後に「今までのプレレジ研修で一番学んだ時間だった。ありがとうございました」って言ってくれた。嬉しかったなあ。

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エリック君、私が教えたことを、逐一全部メモしていた。こういう風に、熱心に学んでくれると、教える側のモチベーションも上がる。ありがとう! ちなみにここが、私の病棟での、薬剤師のワーキングスペース(=つまり、私のデスク)。ドクターのデスクの真向かいになっており、互いに気軽に話せる配置となっている。

 

こういった、仮免許薬剤師と指導薬剤師の「一期一会」で、人生が変わるようなことが起きたりもする。

 

というのはね、私自身も、エリック君と同じような経験があるんだ。

 

仮免許薬剤師時代、一般総合病院で研修を行った時のことなのだけど;

私もそこで、一人のアイルランド人薬剤師さんを、ストーカーのごとく追いかけ回し、学んだの(笑)

で、その薬剤師さん、本当に親切でね、研修の最後に、私に、自分の個人携帯電話番号をくれた。

 

それから数ヶ月後、私は、免許試験に無事合格し、英国の薬剤師になった。でも、その後長い間、実地薬剤師としての仕事は見つけられずにいた。そんな中、とあるきっかけで、ふと、彼女を思い出し、連絡をしてみた。

すると、その電話口で「今、ウチの病院、すごく人手不足だよ。短期の契約薬剤師だったら働けると思う」という思いがけない情報をくれたの。

そこの薬局長さんに、即、連絡を取った。すると、薬局長さんも私のことを覚えていて下さり、仕事をオファーしてくれた。そこで、約一年弱に渡る就職活動に、終止符が打たれたのだ。その病院、ロンドン市内でも、薬剤師の就職で、競争率の高さを誇る教育病院であった。

つまり、この「交換研修」でお世話になった薬剤師さんのお陰で、私は、英国での実地薬剤師としての、最初の一歩が踏み出せたの。それからも、色々どんでん返しがあったのだけど、この出会いこそが、後に、私の長年の夢であった「臨床薬剤師」の職を得る、まさに突破口となったのだ。

このアイルランド人薬剤師さんへは、その後、幸運にも、今度は、私から (ほぼ同等の)恩返しできるような機会にも恵まれた。この後日談も、いつの日か、このブログで書くつもり。

 

で、話をまた戻すけれど、エリック君は、香港系中国人。英国の薬科大学を卒業し、薬剤師免許を得た香港系中国人は、数年間英国で働いた後、香港へ戻り、自分で事業を立ち上げる人が多い。

どのような将来であれ、エリック君のこれからのプレレジ研修と、薬剤師としての成功を祈っている。

 

それから、今回のエントリの最後になりますが、英国の仮免許(プレレジ)薬剤師研修課程に、ご興味のある方は、英国王立薬学協会出版社 (Pharmaceutical Press) から出ている、こちらの本(写真下⬇︎)もご参照下さい。

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英国の仮免許(プレレジ)薬剤師研修の全てが分かる、「決定版」的な本です


題名こそ「病院仮免許(プレレジ)薬剤師研修 (Hospital Pre-registration Pharmacist Training) 」となっていますが、今回のエントリにも記載した通り、英国の仮免許薬剤師は「病院」と「コミュニティー薬局」の両方で研修をすることが、ほぼ義務化されています。そのため、コミュニティー薬局での研修内容にも大幅なページが割かれており、英国のプレレジ研修の『全て』が分かる一冊となっています(→2009年に出版されたものなので、一部、内容が古くなっている部分もありますが。。。)。

ちなみに、この本の著者の一人である、Aamer Safdar 氏、私が卒業したロンドン大学薬学校大学院の臨床薬学修士コースの、一年上の先輩。現在、私の大学院時代の恩師の後継者として、ロンドン・聖トーマス病院の薬局教育部長として活躍されています。英国の薬剤師界では知らない人はいないのではというほど、著名な方です。

ロンドン大学薬学校の臨床薬学修士コースと、聖トーマス病院については、過去のエントリも、こちらからどうぞ(⬇︎)

 

では、また。