このエントリは、シリーズ化で、前回の話はこちら(⬇︎)になっています。
2003 年8月初旬、ロンドン市内の国営医療 (NHS) 病院の薬局でファーマシーテクニシャンやアシスタントの求人が出るたびに、応募する日々が続いていた。その時点で、10 通以上の応募用紙を投函していただろうか。
そんなある日、突如「Private & Confidential (親展) 」と表示された小さな封筒が、私の元へ届いた。
就職面接試験への招待状だった。
ロンドンの中心街にある「ロンドン大学付属ユニバーシティカレッジロンドン病院薬剤部」の「医薬品製造部門アシスタント」の職だった。
飛び上がるほど嬉しかった。やったー、ついに面接に呼ばれることになった! ってね。
でも、同時に、どうしようもない不安が襲ってきた。
「で。。。 私、面接官たちの前で、一体、何を、どう、話せばいいんだろう。。。。?」
それまでは、「応募用紙」の質を上げ、面接に呼ばれること(だけ)しか考えていなかったのだ。だから、いざ面接に呼ばれることになったら、どうしたらよいのか分からず、途方に暮れてしまった、という訳。
ところで、私はその当時、ロンドンの中心地からほど近い「ロンドンブリッジ」というエリアの学生シェアハウスに住んでいた。
そこの管理人さんは、メアリーさんという、オランダ系英国人であった。元々は小学校の先生だったのだけど、中国の文化大革命後、英国が一番最初に派遣した英語教師団の一員に志願したため、中国にも長年住んでいたことがあるという、ユニークな経歴の持ち主であった。
だからメアリーさんは、世界中の人たちが住んでいたそのシェアハウスの中でも、とりわけ、東洋系の学生を気にかけていた。そして、私に対しても「英国生活における、年上の良き相談相手」になってくれていた。年上と言っても、メアリーさん、実は、私の母と同じ年齢だったのだが。。。 独身で「ロンドンで自分の好きなことをして暮らしているかっこいい人」の典型だった。
そして、メアリーさんこそが、数ヶ月後、私のこの就職活動の決定的な明暗を分けた人となる。
で、英国での就職面接試験というものが何なのか、全く分かっていなかった私は、思い余って、メアリーさんに「英国の就職面接って、どういうものなのか?」という愚問をしてみた。
そうしたらなんと彼女、以前「就職面接のコーチ」も副業でしていたことがあるとのことだった(超ラッキー!)。
という訳で、面接日を直前に控えた私に、こんな説明をしてくれた;
1)面接は、まず、簡単な自己紹介とか世間話から始まる。ここに来るまでの交通の便はどうだったか とか、互いの趣味の話とかね。
2)面接官は、通常2−3名(どんな人が面接をするかは、面接の招待状に記載してある)。それぞれの面接官が、順に、質問をしてくる。面接官たちは、私の受け答えを逐一メモするはずだけど、それに気を取られず、適度なアイコンタクトを保ちながら、受け答えをすること。
3)「Equal Opportunity(機会平等)」の質問は必ず聞かれるから、スラスラ言えるようにしておくこと。
4)その面接試験が終了に近づいてきているという合図として「そちらから、何か質問がありますか?」と聞かれる。気の利いた、的を得た質問を、あらかじめいくつか用意しておくこと。
5)英国の就職面接へ行く際の服装は、必ずしも黒や濃紺のスーツでなくても良く、ワンピースも可(→ でも、私は、結局、個人的な好みで、全ての面接に、日本製のスーツで行った)。夏はストッキングを履かないこと。厚化粧をしないこと。これらは、英国の就職面接では、ものすごく「浮く」。
と、日本人の特徴を知った上でのアドバイスであった(注:メアリーさん、ロンドンの金融街で働く日本人の親しい友人が数人いた)。
ちなみに「機会平等 (Equal Opportunities)」という概念をご存知だろうか? これ、英国内の就職面接で、どんな職種でも(ほぼ必ず)聞かれる質問。
英国では、さまざまな人種や宗教・信条を持つ者たちが、暮らし、働いている。異なる環境で生まれ育った者、幅広い年齢層、性別、一括りにではできない性的嗜好を持った者たちが共存している。だから、就職面接試験の際に、この質問を投げかけることにより「雇用プロセスや、実際の職務の中で、雇用者側も、応募者も、これらの要因で『差別をしないし、されない』」という宣誓に近いことを行うのです。また、英国国営医療サービス (NHS) での就職の場合は特に、この「機会平等」の質問は「どのようなバックグラウンドを持つ患者さんの治療も差別しない」ということを答えさせる意味合いもある。
メアリーさんからのこれらのアドバイス全てが、目から鱗だった。私、日本で(ほぼ)「就職活動」をしてこなかったからね。。。 日本での就職面接は、全て「雇ってもらえるのを前提としたお茶飲み話」で合格だった。日英に限らず、就職面接の「お作法」というもの、全く無知だったのだ。
私の英国初の就職面接は、2003年8月14日。その日、ロンドンは、珍しく汗ばむほど暑い日だった。
指定された面接場は、大きな大学病院群の中でもとりわけ古めかしい建物であった。しかも、そこへ到着すると、地下の薄暗い「医薬品製造室」のスタッフ休憩室であることが分かった。メインの薬剤部とは、全く別の場所にあった。
この病院は、当時から、英国随一の規模を誇るさまざまなサービスを提供していた。英国では、大病院になればなるほど薬局の部門も細分化され、同じ敷地内ではあるものの、さまざまな部署が、異なる建物に点在していることもあるのだと、そこで学んだ。
英国人推理小説作家アガサ・クリスティとロンドン大学付属ユニバーシティカレッジロンドン病院についての話は、過去のエントリ(⬇︎)からどうぞ
面接試験は、(ほぼ)メアリーさんから教えてもらった通りに進んだ。
世間話から始まり、どうしてこの職を希望しているのか、この職務に必要なスキルはどんなことか、コンピューターの一般知識、そして見事「機会平等」についても聞かれ、(密かに)ほくそ笑んだ。
でも、やはり、この英国での初めての就職面接中、質問の受け答えで、私自身、語学の壁があることをひしひしと感じた。想定していなかった質問には、しどろもどろになり、言葉に詰まる場面もあった。
面接中「小テスト」のようなものもあった。面接官が医師役となり、とある化学療法のオーダーをしたくて電話をかけてきた。薬剤師が不在で、アシスタントの「あなた」がその電話対応をするという状況判断テスト。特殊な化学療法剤で、通常、薬局に在庫がない。肝機能の検査値を反映して量調節が必要。そして、その投与日も、患者さんの都合に合わせて変更、といった内容を、私が必要に応じて、医師役の面接官に質問を返すなどして確認しながら、その内容を逐一メモする。そして、その電話での会話後、薬剤師にどう報告するか、といったことが問われる試験だった。
まず、その化学療法の薬剤の名前すら知らず、メモできない自分がいた。
医師役(面接官)の喋る速さに、その会話を頭の中で要約し書き取るスピードが追いついて行けなかった。
その試験の終わりに、かろうじて書き上げたメモを提出した際、面接官たちは、そのあまりの情報量の少なさに(これだけ?)という表情だった。平均以下の出来であったことが、一目瞭然であった。
英国の病院薬局内で実際に働くようになると、このようなシチュエーションは、日常茶飯事だ。だから、場をこなしていけば、たとえ聞き慣れない薬剤名などに遭遇しても、スペリング(綴り)を聞き返したりして、電話での対応などは、自然とできるようになる。でも、こういう「ちょっとした職経験」こそが、英国での就職面接では評価されるんだな、ということを、この試験を通して、嫌が応にも理解した。
そして、極めつけの失態が、これであった;
面接試験が終了し、お礼を言い、部屋を出て行こうとすると、呼び止められた。
「Would you like us to reimburse your travel expenses?」
「???」
言っていることが(全く)分からなかった。要するに、reimburse (払い戻し)と travel expenses (交通費)の単語に、当時、精通していなかったのだ。
何度も何度も聞き返した挙句、冷や汗をかきながら「reimburse って何ですか?」と尋ねた。
その瞬間だった。
2人の面接官は、「こんなことも分からない応募者は(絶対に)不合格よ」という呆れた表情で、互いに目を見合わせたのを、私は見逃さなかった。
悔しかった。英語が分からないばかりに、こういう風に、見下されてしまうんだな。。。。
心のかけらの一部が死んでしまったような思いがした。
面接が行われた地下の部屋から地上に出て、その建物の玄関受付にいた方に、この職には何人ぐらいの人が面接に来ているのかと尋ねてみた。なんと私は、本日20名の候補者の中で16人目の面接であったことが分かった。
目を剥いた。テクニシャンはおろか、その下のレベルのアシスタントでさえ、こんな高倍率なんだ。。。 英国の薬局への就職って、難関なんだな。日本の薬剤師の就職事情とは大違いだ、と。
うだるような暑さの中、トボトボと帰途へ向かった。そういえば今頃、日本はお盆休みなんだよなあ。こんなことしてなければ、私、セミの鳴き声を聞きながら、スイカにかぶりつき、日本の夏を楽しんでいたのかもしれないのに。。。 なんて恨めしく思いながら。
一週間後、小さな封筒が届いた。
「Thank you very much for attending the interview on 14th of August 2003. We regret to inform that you have not been successful on this occasion.(先日の面接へお越しいただき、ありがとうございました。残念ながら、今回は、不合格であったことを、お伝えいたします)」
予想していた結果とは言え、不合格という事実を突きつけらたその瞬間の、内臓をえぐられたような思いは、今でも鮮明に記憶に残っている。
でも、この時点では、楽観的だった。
まだ、たった一回の挑戦じゃん。今回の面接は、練習だったと思えばいい、と。
「とにかく前に進むんだ。きっとうまくいく時が来る」
と、信じていた。
その後の話は、これからも続きます。
では、また。