日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

見知らぬ街の薬局を訪れようとした。そして、1つも見つけることができなかった。英国・アランデル編

 

先々週末は、3連休のバンクホリデーだった。

私は毎年、この8月最後の週末を「普段はちょっと行きにくい国内の場所」へ旅行することにしている。

過去2年の行き先はこちら(⬇︎)でした。こういったことを振り返るのに、ブログは便利ですね。

 

でもね、今年は、新型コロナウイルスのパンデミックもあり、最後まで行き先が決まらなかった。色々な候補地があったのだけど、安全重視で、計画が二転三転。

ギリギリまで「旅するか否か」自体も迷ったけど、結局、ここ(⬇︎)へ行ってきた。

英国南部ウェストサセックス州の小さな街「アランデル (Arundel) 」。ロンドンから日帰りでも行ける観光地として、英国人たちには知られた場所。

この街のシンボルは、11世紀建立の「アランデル城」。11世紀って。。。日本だと、平安時代ですよね?

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英国ウェストサセックス州アランデルの街

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この街の周辺を流れる「アラン川」。昔栄えた街には、必ず水路があるという典型例

ここ、何年も前から、自身の訪れてみたい場所リストの一つに常に挙げられていたのだけど、いつも行きそびれていた。それを、今回決行させたのは、英国王立薬学協会 (Royal Pharmaceutical Society) が発行している、こちらのパンフレット(写真下⬇︎)。これにて、こちらのお城の主であるノーフォーク公爵が、中世から近世の薬局備品にゆかりのある方であることを知ったのです。ちなみにノーフォーク公爵は、この城と共に11世紀から脈々と続く、現存する英国最古の貴族。

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今回の旅のインスピレーションを得た、英国王立薬学協会発行の「ロンドン薬学散歩ガイド」

で、英国の貴族というのは、大抵、このような一族の本拠地の他に、ロンドンにも邸宅を持っているのが普通なのですが;

ノーフォーク公爵家の16世紀頃のロンドンの屋敷は、なんと、つい数年前まで英国王立薬学協会だった場所であったいうことも、このパンフレットで知った。

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ロンドン南東部ランベス区のランベス・ロードという通り。右側手前の濃茶の建物が、数年前まで長い間、英国王立薬学協会本部であったビル(→現在は新しい場所へ移転し、このビルは売却され、高級マンションに様変わりしています)。遡る中世の時代、この一帯はノーフォーク公爵家の土地だった。ちなみにこれは全くの余談ですが、かつてこちらの元王立薬学協会ビル内に、英国国家医薬品集 (BNF) の編集部があった。だから私は、以前、ここで働いていたことがある

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元王立薬学協会の道斜めは、イングランド国教会司教のロンドン公邸「ランベス宮殿」(写真上⬆︎)。ノーフォーク公爵がここに邸宅を構えていた当時の面影を残す建築物。そして、この写真の左側の木々の間に黒く小さく写っているのが、テムズ川と現在改築中の国会議事堂「ビッグ・ベン」。この辺り、ロンドンの歴史的観光名所が目白押しのエリア

ロンドン・ランベス区は、英国の歴史を語る上で非常に重要なエリアです。喜劇俳優・映画監督のチャーリー・チャップリンも、この場所で生まれ育った人でした。ご興味のある方は、こちら(⬇︎)もどうぞ 

ちなみに私が英国へ来て、最初に実習した病院(⬇︎)も、このランベス区に所在する大学病院でした

 

そして、ノーフォーク公爵家がこの屋敷を移転した後、その場所に移り住んだのは一人の陶芸家だった。そこは工房と化し、下の写真(⬇︎)のような特徴のある薬壷の作製で有名になったそう。当時は、現在のようなプラスチックの瓶、ましてや、PTP・ヒート包装なんてなかった時代だったから、薬局で薬壷は、商品を陳列・保管する上での必需品であったはず。

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「LIMON = レモン」。昔の薬局では、レモネードでも量り売りしていたのでしょうか?

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1661年作製の薬壷だって。「PAEONIAE = 椿」とある。昔の薬というのは、植物由来のものが主であったことが見て取れる

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現英国王立薬学協会 (Royal Pharmaceutical Society) 内にある薬学博物館には、このような「ランベス・デルフト陶器」と呼ばれる、英国の薬壷の歴史的に貴重なコレクションがたくさん展示されています

ちなみに昔の薬というのは、ほぼ全て自然由来のものだったんだ! と気づかされた旅(⬇︎)の記録は、こちらからもどうぞ

で、ここが起源となり、類は友を呼ぶという形で、この周辺は数百年に渡り、数々の工房が軒を連ねる、英国有数の陶器製造所地帯になっていったそう。例えば、現在に至るまで受け継がれている「ロイヤル・ドルトン」も、元はこのエリアの小さな工房から誕生した企業の一つだったんだって。

ちなみにロイヤル・ドルトン、現在は、高級陶磁食器が主商品。でも、かつては、下水管やバスタブ、トイレの作製を得意とし、ロンドンの公衆衛生に大いに貢献したそう。日本でいうと TOTO のような会社だったのでしょうね。

 

で、話を戻し;

この「アランデル」の街で、今年初めての休暇を過ごした訳ですが;

小旅行先として、予想以上に、大当たりの場所でした。

 

中世の城下町の雰囲気がそのまま残されているため、町中がコンパクトで歩きやすい。

ディズニーや、ハリーポッターの映画に出てきそうなお城(写真下⬇︎)を訪れ;

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新型コロナウイルス感染防止のため、事前予約が必要でしたが、お城の内部も見学することができました

城内の、それはそれは美しい庭園に、心が癒されました(写真下⬇︎)。

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こちら、城内の広大な庭園のごく一部。この他にも、さまざまな意匠を凝らした花園や樹木や池、はたまた有機農園もありました

そして、城壁周辺を歩いていると、この広大なお城の敷地内の大聖堂の片隅にひっそりと建つケアホームを見つけた。恐らく、こちらの公爵が、土地を寄贈して運営しているのだと思う。

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聖ウィルフリッド修道院ケアホーム

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中世の修道院の面影を残すケアホーム入り口

で、後で聞き知り、びっくりした。ここ、14世紀頃から、貧困者たちへの宿泊施設や医療所(=つまり、中世ホスピス。転じて、ホスピタリティ、ホテル、ホスピタルなどの語源となったもの)として機能していた場所だったんだって。

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ケアホーム外観。中世時代のホスピスの建物が、現在も介護施設として使用されています。ここで常時20名程度のご高齢者の方々が、短期・長期の滞在をしているとのこと

 

ただねえ、この街での休暇で、ただ一つ、不満がありました。

それは。。。

薬局が「一軒も」探せなかった(泣)

唯一、医薬品が売られているのを見かけたのは、こちらのスーパーマーケットの小さな棚だけでした(写真下⬇︎)。

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英国の中世時代の雰囲気が美しく保存されている観光地としての外観維持のためか、こちらのスーパーマーケットも街の中心地から、ちょっとはずれたところにありました

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この街で目にした医薬品は、なんとこれだけでした。しかも、薬剤師不在でも購入できる「一般薬 (General Sales List = GSL) 」のもの限定販売

 英国の医薬品は、大別して3種に分かれています。その分類の簡単な説明は、こちら(⬇︎)からどうぞ


何で、この街、薬局が一軒もないのーーーーーっつ?!?!?

 

で、休暇から戻り、調べてみて、仰天。

この街「薬局へのアクセスが悪い街」として、英国内でもワーストランキングに入るほどの、悪名高い場所だったのです。実際、町中で薬局が(事実上)一軒しかなく、それも町外れにある、これまたこのエリアでたった1つしかない家庭医院内の隣に設置されている「敷地内薬局」だそう。

英国では、政府の医療政策で、国民の95%以上の者が、徒歩20分以内で薬局へ行けるような場所に、薬局が開局許可されている。そして、その例外のほぼ全てが、スコットランドやウェールズの過疎地とされている。

でも、今回訪れた休暇先は、イングランド内で極めて稀な、陸の孤島的「薬局のない街」だったのです。

という訳で、今回のブログ、当初は「見知らぬ街の薬局を訪れてみた 英国・アランデル編」という題名で企画していたのですが、見事失敗に終わり、こんなエントリになってしまったのでした。。。(嗚呼)

 

<番外編>

「勝手に観光大使」

こちらが今回、アランデルの街で2泊したホテル「The Swan Hotel」(写真下⬇︎)。パブの階上が客室になっているという、英国の古くからの伝統的な宿泊スタイルでした。

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私、元々、アルコールを飲まないので、このような宿に、今まで偏見がありました。でも、こちらは、スタッフの方々の人情味が素晴らしく、心から寛げました。通常ならば、夏のシーズンは6ヶ月前には満室になってしまうという人気の宿ですが、今年は、新型コロナウイルスの影響で、数週間前でも予約できたことも、幸いしました。

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パブでの朝食。メニューの中からどれをオーダーしても、宿泊費に含まれているので無料ですよと言われ、調子に乗って、たくさん頼んでしまった。。。(笑)

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最上階の客室で、屋根裏部屋を改築したようなバス・トイレの雰囲気も素敵でした。残念ながら、ロイヤル・ドルトン製ぢゃなかったけど。。。(笑)

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ホテルの部屋から見えたアランデル城


ここ、絶対に、オススメ。また訪れたいです。

 

イギリスで免許を変換し、薬剤師になる方法の続編、次回再開します。

 

では、また。